Calendar
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< November 2008 >>
RECOMMEND
お父さんへの千羽鶴
お父さんへの千羽鶴
ときた ひろし
RECOMMEND
9番目の戦車
9番目の戦車
ときた ひろし 著
NEW ENTRIES
RECENT COMMENTS
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
OTHERS
 
はじめまして。ようこそお立ち寄りくださいました。
茨城県つくば山麓在住 絵本作家歴4年目のときたひろし、新米です。

アトリエから、愛車から、田舎暮らしで感じることをのんびり綴っております。

コントロール、効いてますか?
みなさん、こんにちは〜。

最近世の中を騒がせている元空幕長さんの論文を載せた雑誌「AppleTown」が、来ましたよ〜。 びっくり

この雑誌は、私のデビュー作「9番目の戦車」をお気に入り下さったAPAグループ代表の元谷氏とのご縁で、私も毎月拝見しているのです。

さて、この雑誌の今月号を見ますと、問題の論文は「真の近代史観」と言うテーマで一般公募された中から、執筆者名を伏せた上で4人の審査員の方々が熟読、採点の上、その合計点数をもって入賞作を決定するという完全覆面式の選考だったそうです。

この審査委員となった皆さんは、

・上智大名誉教授の渡部昇一氏
・報知新聞社社長の小松崎和夫氏
・ジャーナリストで産経新聞客員編集委員の花岡信昭氏
・衆議院議員で前外務大臣政務官の中山泰秀氏

など、きちんと社会的な地位を持っている皆さんです。
右翼活動家が選んだんじゃないんですよ。

その結果、多母神元空幕長の論文が最優秀選考されたわけですが、これについて麻生首相は、食い下がる記者団に対して、
「日本国内おいては誰にでも言論の自由がある、ただその立場を考えると、適切ではない」
という見解を示しています。

論文の内容やその思想が間違っているなどと言わないレベルであるという点、ちょっと見直しましたよ、麻生さん。
国の舵取りをしなければいけない首相としての立場を考えると、今の日本ではこれが首相に許されたコメントの限界かもしれません。


これに対しては「シビリアンコントロール(文民統制)が効いていないのではないか」 と言う意見もありますが・・・・

                雷
     

曲がりなりにも、いや、かなりひん曲がったシビリアンコントロールが効いているからこそ、自衛隊は空幕長まで勤め上げた62才の軍人幹部に離任式も許さず、更迭などと組織人の世間体としては最低の、犯罪者並みの処遇を与えてしまったのですよ。


離任式がない、というのは、警察組織で18年しか勤務していない私にもその悲しさが分かります。

もっとも私の場合は、中途退職ですから仕方ありませんし、それでも新宿署の副署長以下幹部の皆さんは、本来ないはずの最後の会食まで開いてくれたのです。

現空幕長さんの態度を見ると、多母神さんにはそれすらなかったでしょうし、(それとも現空幕長さんも想いは同じかも?)まったくその人格を知らない人にまで「退職金を返還しろ」等と言われ、元いた組織からも、その思想すら否定されています。

軍人(この言い方に文句を言う人もいるかと思いますが)が愛国心を持っているなら、それは当然のことであり、今の日本では国を守る任に当たる者として賞賛すべき事であって、日本の知られざる歴史の一面を紹介したのなら、それは立派な功績ではありませんか。

特定アジアと共通の歴史観を持とうなどと言うのは、まさに一面的な物の見方を押しつける洗脳で、証明される事実の全ては歴史として認識されるべきで、その見る角度の違いこそが、尊重されるべき個性でありませんか。

教育・人権問題では口先だけで「個性を尊重」などと言っている人ほど、多母神さんや日本の個性を否定しています。
大体にして追い打ちを掛けている新聞各社の取材関係者全員が、この論文を熟読し他の資料とつき合わせて、追い打ちを掛けるだけの考証しているのでしょうか。

そうした考証なしに、世論を先読み?した記事で同意を得て点数を稼ごうとする、メディア各社関係者の人間性を疑いますね。

多母神さんに効いていなかったのは、「シビリアンコントロール」ではなくて、「マインドコントロール」です。しょんぼり
| - | 11:50 | comments(0) | - |
霊界爆走 妄想族。
みなさん、こんばんは〜。
私は最近、というか、ここ2年ほど、いつも考えていることがあったのです。

この世に生まれたことにどういう意味があって、「今」とは何なのか。そして其の対極にありそうな「永遠」とはどういう状態なのか。

そんなことを考えていたら、運がめぐって、先日騎士対武者の撮影で、西洋甲冑団のアヴァロンの皆さんに出会いました。

これがきっかけで、こうした私の悩みが、頭の中でひとつに輪を描いて繋がったのですよ。


ちょっと長いのですが、あの世についてご興味のある方は、妄想族ときたひろしの霊界ドライビングにお付き合いくださいね。


何人ついてこれるでしょうか・・・
仏血義理で飛ばすんで、夜露死苦!愛羅武勇!(←すでに飛んでますよ)

  ☆  ☆  ☆

アヴァロンの皆さんについては、、これが不思議なんですよ。
その所作、顔つきがみんな、西洋人みたいなのです。

もちろん皆さん日本人なのですが、その騎士としてのあり方を自然にやっています。
趣味と生き方が一致しているようなのですよ。

よく考えると、私たち日本甲冑武者のうちの何人かも、実際に武道をしていたり、実生活でも武士のような価値観を持っていたりするのです。


これは趣味がその人を作ったというより、類が類を呼んで、そういう人たちが適したコミュニティに集まってきたというほうが、正しいような気がするのです。


もしかすると、私たちは前の人生でもそれをやっていて、その生きる癖をそのまま持って転生し、そんな仲間が集まっているのかもしれません。

まあ、アヴァロンさんや甲冑武者の皆さんの前世がそうであったかどうかは別としても、転生ってのはあるのでしょうか。

何で死んでまで現世にこだわり転生するのでしょうか。
天国にいりゃあいいじゃないですか。

でも、この現世には、ずっと天国にいるだけでは成し得ない何かがあるのだと、私は彼らの甲冑姿を見て思ったのです。

この世でしか成し得ない何か。そりゃなんだ?


実は私たちも、みんなそれを成す為に転生を繰り返しているのかもしれません。

つまりあの世から見ると、この世はこんなに精神的にどす黒く汚くても、ある価値を持って存在しているのです。たぶん。

そしてこの世は自然界の命の連鎖のように、あの世と密接に精神的な連鎖を持っていて、互いに影響し合っており、この世の狂いはあの世の狂いなのかもしれません。


例えば、地獄を地獄と認識しない皆さんが、喜んで地獄に行っている可能性があるんじゃないかなと思うのですよ。


身近な例で言えば、仕返ししたい、殴りたいという思いを最優先させる魂の皆さんが集まれば、毎日暴力沙汰が耐えない精神世界があの世に出来上がるでしょう。

その当事者にしてみれば、そこは思いを果たせる「暴力報復天国」となるわけです。


特殊な例で言うと、地獄といえば、体を引き裂かれ、焼かれたりするとんでもない場所ですが、これは逆に言うと「SM天国」です。

また、糞だめの中で蛆虫に食いつかれる「スカ○ロ天国」、腹を割かれる「切腹マニア天国」なんかも考えられますが、地獄の鬼もいじめ甲斐がありません(笑)


いずれも彼らは、そうせずにはいられないからこそ、そういう世界にとどまるので、そこが彼らが想念で作り上げた彼らの天国になっているのです。


「それなら逆に自分で『より良い天国に行きたい』と思えばいいではないか」
と思うでしょ?

ところがそうは行かないのですよ。
本当にそう思うことができないからです。

例えば、教会のシスター、特に聖女と呼ばれる人たちにとって、最高の幸せとは、神様に感謝の祈りをささげることで、実際に何日も食事を必要とせず、楽しい気分でお祈りをしたりする人がいます。

楽しすぎて食事を取ってる場合じゃないそうなのです。

私が今この「お祈り天国」に世界に放り込まれたら、そこは一種の地獄です。

つまり、自分に合わない世界は、それが精神的レベルの高い世界であれ低い世界であれ、私にとっては地獄なのです。
自分に合わない場所には居られません。

類が類を呼んでコミュニティとなりその世界を作るというのは、あの世とこの世に共通した現象だと思うのです。
(だから甲冑着て集まっているのかな?)

そして一般的に見れば地獄であっても、望んでそこにいる人たちから見れば、そこは天国であり、その下が地獄ということになりますので、
天国地獄の認識は一定ではないはず。

そこに人の霊がいる限り、そこはその人の天国。
ということは、あの世は全て各個人に合わせた天国しかない、ということになりますが、これもまた神様の愛なのかもしれません。

そしてこのところ、変な「天国」に行っちゃう霊魂が多くなっていたり、そんなところからインスピレーションを受ける人や、転生してくる人が多くなって、
この世に影響を及ぼしているような気がするのです。


「天国世界から卒業したい」と考えるれば、霊魂ですので物質的制限はなく、考えるだけで魂のステージの移動があり、別の「類が類を呼ぶ魂のコミュニティ世界」に移動できると思うのですが、それまで現世で生きて心を磨いた範囲内でしか、あの世での環境をイメージしたりステージをあげることが出来ないのかもしれません。


どこに行っても、行き着くところは自分と同じ性質の霊が集まっている居心地よい場所ですから、現世ほどの刺激や進歩はありません。


だから、自分の永遠の天国を捨ててまで、この世にまた生を受けたい!と真に思えたその瞬間に転生しているような気がします。

簡単そうですが、思うこと事態が大変ですよ。だってそれは、

「心の充実を得る為に全財産を捨てることが出来るか」

という現世の私たちへの問いかけに似た難しさで、

「魂のレベルを上げるために永遠の天国生活を捨てて、
 不便でスリリングな現世に戻ることが出来るか」

という難しさがあるはずです。

そういう人の中に、さっき申し上げたようなSM天国や暴力天国など、喜びレベルの低い世界から来る人が多くなってきているのかもしれません。

もちろん、どんな世界から来たのであれ、この世に転生するくらいの魂ですから、向上心は満点なはず。

「この世の生命はみな尊い」というのは、犬であれ人間であれ、自分の天国全てを投げ打って転生した、向上心ある魂だからでしょう。

天国の最下層から来た人であっても、上層から来た神様のような人であっても、みんな向上心で現世で巡り会った仲間なのですよ。

そう、魂がよりよい自分になろうとする向上心こそが転生を誘発する。それが魂の持つ性質。

そして生まれて研鑽を積むことが出来る唯一の世界、それが現世なのかもしれません。

逆に、そんな魂の道場である現世がきちんとしていないと、永遠の天国を捨てて転生した意味が無い。

だから魂の中には、この世をよくしようと使命感を持って転生する者もあるのかもしれません。
私はそんな人を何人か知っています。


でもみんな、転生前の魂が持つ癖はそのままに、記憶がないのです。

そりゃ考えてみれば、永遠の世界から、時間が流れる世界に来るわけですから、記憶の置き所が違う。
多分寝ているときに見た夢を、おきたら忘れちゃってる程度ですからね。


そして、あの世にはなかった「寿命」の中で、天国を捨ててまで得ようとしたものを得ることが出来るかどうか。
これが魂の勝負なのでしょう。

そんな皆さんが唯一集まれるこの現世には、悪党から聖人までたくさんの人が混在し、ごちゃ混ぜになって、本来違う世界の人と出会います。

人との出会いがなければ成功も進歩もないのは私たちも知るところであり、大きく心を昇華させることができるのは、同類が集まる天国ではなくて、自分とは異なったタイプの人たちと交流できるこの現世世界だけなのです。


それがこの現世世界の存在価値なのかもしれないな・・・


  ☆  ☆  ☆

・・・と、妄想族ときたひろしは、番組収録前に甲冑を着て霊界?を一回りしてきたのでした。

日記をご覧の皆さんのほとんどをブッちぎりで振り切っちゃったような気もしますが、

これがいわゆる「気づき」というものならば、前世仲間かも知れない西洋甲冑団アヴァロンさんや自前甲冑武者のみなさんには本当に感謝です。

皆さん、またお会いしましょう!
| - | 20:21 | comments(0) | - |
初版まもなく完売 特攻隊をモチーフにした絵本
みなさん、こんにちは〜。

今日は絵本の話です。

実は、昨年発売の特攻隊絵本「お父さんへの千羽鶴」、
まもなく初版完売、重版です!(^o^)/

http://tendensha.co.jp/daitoa/dai305.html



兵士が主人公の戦争絵本自体かなり珍しく、しかも主人公は特攻隊員という異例の絵本として、日本男児、大和撫子を育てたいお父さんお母さん、元兵士のおじいさん、そんなおじいさんの帰りを待っていたおばあさん等々、たくさんの方々から応援を頂き、素晴らしい感想も頂戴しました。

初版完売、応援してくださった皆様方に心から御礼申し上げます。


何でも初版というのはプレミアが付くらしく、デビュー作「9番目の戦車」はたまにアマゾンなどで中古を見かけると、1万円のプレミアが付いていたりするのですから、驚きです。


というか、そんなに高くなったら、私も買えません。(^_^;)


「お父さんへの千羽鶴」初版はまだ全国で40冊くらいあるそうです。

2刷目の発行日は今月20日予定、全国書店で発売ですが、終戦記念日も過ぎておりますので、店頭にないこともありますが、もちろんご注文いただけます。
靖国神社遊就館などの戦争関係博物館売店では一年中置いてあるそうなので、こちらでもどうぞ!

  ☆  ☆  ☆

で、次の絵本なのですが、未だ詳細はお伝えできませんが、
・・・決まりそうです!


まあ出版社さんというのは、担当者さんが気に入っても、会社でOKがでるとは限りませんので、大きな事は言えないのですが。(^_^;)

3作目からは、時代を私の得意な戦国時代にシフトして、日本の時代の連続性、つまり「先人がいたから私たちがいる」という、歴史の線を延長しそれを実感してもらえるような作品を描いていきたいと思っています。

これからもご声援、どうぞよろしくお願い致します!
| - | 20:33 | comments(0) | - |
終戦63年目
みなさん、こんにちは〜。
ネットが不通となってしまい、回復したら終戦記念日が終わっていました。
ネットが見れないとなると、北京オリンピックなど余計な情報に心を乱されることもなく、私は心静かに63年目の終戦の日を迎えることができました。
思うこと、考えること、子供に伝えたいことがたくさんあって、表現し尽くせません。

まずは、合掌。
既にこの世にいない全ての戦争体験者、被災者の皆さんのご冥福をお祈りします。

 ☆ ☆ ☆

終戦記念日を迎えると、戦争でなくなった方、そして配線から立ち上がった方々のその後の苦労を思うと、私も日本も、これでいいのか、と考えを新たにしますね。

日本は戦後、戦争をしない国になりました。
そして、戦争が出来ない国になりました。
でも世界は相変わらず、変わっていません。
戦争が出来ない国の領土は、掠め取られ、既成事実が作られて、いまや対馬までよこせといわれる始末。

戦没者の方が願っていた日本とは、こういう姿だったのでしょうか。

私は思うのです。
世界で唯一の被爆国である日本は、戦争をしないと誓ったときに、肝心なことを忘れていたのです。

それは、「戦争をさせない国」になること。

何もアメリカみたいに武力で抑えるだけが抑止力ではありませんよ。

日本には武力以外にも、いくつかの戦争抑止力があるはずです。
戦争に負けたとはいえ、その経験と犠牲、そして威厳があったはずです。

今、
「日本人が滅んだら世界は大損害をこうむる」
「日本がなくなったら困っちゃう」
「日本と対立したら、世界を敵に回してしまう」
と、外国に言わせるだけの魅力を、日本は備えているでしょうか。

それが本来の戦争抑止力です。
そう思われる国になることが、戦没者の皆さんの本当の願いだったのではないか、と私は思っています。
だから私は、戦争ものの絵本を皮切りに、作家活動を始めたのですよ。

今生きている人間の都合だけで「戦争反対」なんて叫んでる暇があったら、戦没者の皆さんの思いを黙って噛みしめたいものですね。
| - | 18:53 | comments(0) | - |
オーダー1点モノ風水を取り入れたパステル画
6月は結婚=ジューンブライドの季節ということもあって、ぽつぽつ

オーダーパステル画
「開運!朝日富士」へのご注文がありました。

ありがとうございます。感謝よつばのクローバー

いつでもご注文は受け付けております。


開運!「赤富士」詳細はこちら

赤富士


| - | 15:16 | comments(0) | - |
死に神、上等。
みなさん、こんにちは〜。

しばらく日記を書いておりませんが、ちゃんと生きております。
最近は既にできあがった作品をプレゼンしに飛び回る傍ら、趣味の甲冑を作っていました。


さて、平和な日本ではこんなニュースが。
元刑事として、ちょっと怒ってます。


法相、朝日「死に神」に不快感
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080620-00000924-san-soci


人権派や死刑反対派の方々の感情は理解できますが、まず理解すべきは、正常な良心を持ちながら、人間の本能に反して同類の処刑を執行しなければならない立場の死刑執行官の気持ちではないでしょうか。


そして、後からごちゃごちゃ言ってないで、これから執行されるかも知れない死刑囚と、死刑が確実と見られる被疑者、被告人のために、死刑反対運動をしてみなさい、といいたいですね。


「麻原尊師の国家ポア反対!」「加藤被告の死刑求刑反対!」 と町中で運動してみて欲しいですよ。


まあ結局、人権派、死刑反対派のみなさんは、正しいことより時流に乗って金が集まりそうな運動しかできないのです。


いや、私は人権派にある意味期待してるんですよ。

盛大にやって欲しいのは、チベット人の人権擁護独立解放運動。
それから、死刑執行の代わりとなる「獄門島誘致運動」

いざ立ち上がれ、人権派。まだ遅くはないぞ。

   ☆  ☆  ☆



死は人類共通の恐怖です。
教え諭して分からない人間に、やってはいけないことを教えるためには、やはりこの恐怖しかないのが現実です。


きれい事なしに、ズバリ斬らせて頂きます。


死刑制度は、被害者に示す国家の仇討ちであり、潜在的犯罪予備軍に対する見せしめでもあり、遺族に心の平安を提供する一つの手段でもあり、国民に凶悪犯罪事件の区切りとけじめを示す終止符です。

「犯人を殺したって、死んだ被害者が喜ぶと思いますか」

映画やドラマでも良く聞く麗しき決めゼリフですが、では人権派の皆さんにお聞きしたい。


犯罪者が反省もなく生きている世界を、亡くなった被害者は喜ぶと思いますか。


・・・あの世に行って確認してきなさい。

日本のように犯罪発生から死刑確定まで、これほどの長時間を掛けて事実を精査する国は、多分他にはないでしょう。


私もかつて事件を精査する作業をしていたわけですが、本当にビックリするほど緻密に現場を再現し、真実を追究するのですよ。

死刑が乱発されているのではなく、死刑に値する犯罪が多発しているという現実を、朝日新聞は正面から受け止めて欲しいですね。



ちなみに朝日新聞は偏った報道姿勢から、社名を間違える方が多いようですが、「ちょうにちしんぶん」ではなくて「あさひしんぶん」と読みます。

(あ、アサヒっちゃった! てへ♪)

| - | 17:26 | comments(4) | - |
「物語」の真相
みなさん、こんにちは〜。
ちょっと忙しくなって、日記は久しぶりです。


先日久しぶりにモノマガジンを手にして、「もの」の意味を考えてしまいました。


「もの」の本来の意味は何だと思いますか?


「物」という字の「へん」は、てへんに棒を1本持った形です。
右側の「勿」は、「してはいけない」と言う意味。


この文字の意味を「牛を追う人」という解説を付ける漢和辞典もありますが、わたしは「物」とは、本来手に持ってはいけない道具、つまり武器のことではないかと思うのです。

「物」が武器や武具を指すというのは、古文書などを見ても分かるのですが、その実例は私たちの生活の中にも、言葉としてたくさん残っていることを発見しましたよ〜。


  ☆  ☆  ☆


昔々、「物」つまり鎧兜や刀を製造管理する人に、昔の帝が、「物部」と言う氏を与えたのだそうです。


漢字渡来以前の日本の「ヲシテ文字」を研究している池田満先生によりますと、「モノノベ」とは兵士を示し、その頭領は「オオモノヌシ」と呼ばれたそうです。


物部さんはあちこちで起こる戦争で大忙し。
なんといっても、戦争では、兵士の数が「物を言う」からです。


両者の話し合いが言い争いになり、「物別れ」になると、戦争に備えてたくさんの人が「物」を手に集まりますので、「物々しい」雰囲気になります。
刀や鎧がガチャガチャ鳴り、気味の悪い騒がしさで、なんとも「物騒」ですね。


そして、争いごとがあれば、今も昔も「物見高い」人たちが集まります。
そんな危険な場所に近づく観客は、かなり「物好き」なんでしょう。


さて、兵士は戦う前は皆、敵に見つからないよう、「物静か」に行動せねばなりません。
攻撃側は敵情視察のため、「物見」つまり偵察部隊を出すのですが、守備の城の侍は、いくさの状況をよく見るために組んだ「物見櫓」から敵を見て、「物知り顔」で、「ふん。あんな奴ら、物の数ではないわい。」なんて言うわけです。


戦う前から勝敗を見抜く人は、「物わかりが良い」のかもしれません。


そして「物の具」、つまり鎧兜を身につけたうえに、刀や槍の、得意の「得物」を手にして戦いに備え、鐘や太鼓の「鳴り物」が戦いの合図となるわけです。


中には、自分の活躍を敵味方に認めさせるため、「物珍しい」くらい奇抜なかっこうで、戦場に出る者もいました。


「物の具」を身につけた男を「武士」または「物の夫(もののふ)」とも言いますが、彼らに「もの怖じ」は禁物です。そんな男は「ものにならない」のです。



もののふが「もの凄い」「ものの見事」な活躍で勝敗を決するのですが、いくさの後は、何とも「もの悲しい」感じがします。
負けた方は城に帰って言い訳をしますが「物は言いよう」なのです。

  ☆  ☆  ☆

「物語」というのは、もとはそのような戦いのお話しなのかもしれません。

今だって、お巡りさんが、大活躍して泥棒を捕まえることを、「大捕物」と言うでしょ。
お相撲さんだって、行司の判定に問題があれば「物言い」がつきます。

このように考えると、全ての「もの」の始まりは、手にしてはならない道具、つまり武器なのかも知れませんね。
| - | 15:42 | comments(0) | - |